腹蔵なく情報交換する関係。

その創業メンバーの中心を担ったのは、教育総研とカナダホーム時代に知己を得た人脈だ。当時、カナダホームでは新本社ビルを建設する計画があり、工事発注先である地元の大手ゼネコンとはひんぱんに打ち合わせを重ねていた。そこの技術担当責任者である人物との出会いが、私を新たな行動へと駆り立てる起点となったのだ。彼は、日本有数の大手ゼネコン企業から地元のゼネコン企業へ常務取締役として迎えられ、優れたビル建築技術者として数々の実績を有する経歴の持ち主だ。その彼が、私に向かって「素朴な疑問だが」と前置きして、つぎのような言葉をなげかけたのだ。「世界でも最高級に高度化され、システム化された日本のビル建築の技術が、どうして、日本これは、ビル建築技術者として彼が日ごろから感じている疑問だったが、これまで口にする機会はなかったとのことだ。それが、住宅業界の人間でありながら、あまりにも素朴な疑問ばかりを呈する私と接して安心したのか、胸の内を明かしてくれたというわけだ。彼の質問に対して当時の私には明確な回答はできなかったが、私も胸襟を開いて住宅業界の不合理な現状打破にかける情熱を存分に彼に伝えました。これをきっかけとして彼とは、住宅業界やビル建築業界の状況について、腹蔵なく情報交換する緊密な関係になった。